横川駅イベント報告

(1997年9月14日)



碓氷峠取材旅行
(1997年5月4日)

横川駅イベント報告
(1997年9月14日)

碓氷峠最終日
(1997年9月30日)

EF63運転体験記
(2000年7月8日)

写真館「邂逅 横軽」

EF63 Sound File



行程
9月13日 大阪発2103(急行「ちくま」)...

9月14日
...523長野621(特急「あさま2号」)723軽井沢 800(322M)
824横川「さよなら碓氷峠イベント」見学
横川1453(359M)1511軽井沢1617(あさま24号)1641横川
横川1654(365M)1711軽井沢1724(あさま23号)1750上田
(夕食)上田2333(あさま37号)2350 篠ノ井 2355
(急行「ちくま」)...

9月15日 ...741大阪着



 本当は13・14日両日とも行く予定だった横川駅の「さよなら碓氷峠記念イベント」だったが、仕事の都合で14日のみの日帰りとなってしまった。10月のダイヤ改正で碓氷峠とともに姿を消し、電車化される夜行急行「ちくま」の客車列車に乗車。翌朝は長野発の「あさま2号」で軽井沢駅へ。さすがにまだガラ空き。ここで記念入場券と「さようならEF63」のオレンジカード、そして横川-軽井沢間の回数券を買い、800発の普通列車で横川に下りる。あ、D51 498も応援に来ていました。

 会場に到着すると、まだ8時半だというのに、タイガーロープに沿って約400メートルの列ができていた。最後尾にならぶ。10時開場のところ、客が増えてきたこともあり、JR東日本の好意により、9時ちょうどにD51の汽笛が響き、開場となった。時刻表付きの入場整理券が配付された。


 会場内では幸運にもED42の珍しいレイアウトの運転台に乗車することもできた。運転区内に入ってびっくり! なんと「横川鉄道文化むら」と題された計画の見取り図が掲げられていた。まだ未決定の個所も多く見受けられたが、EF63の動態保存の動きもあるようで、なんだかうれしくなってしまった。

ちなみに、「横川鉄道文化むら」のアンケートの「ご意見・ご希望」欄に、EF63の運転体験を「実車で」できませんか? と、書いたり、碓氷峠の1/150スケールのジオラマ(全長約70m、高低差3m)を設けて、簡単なコンピュータ制御で運行当時のダイヤをそのまま再現し、できれば先頭車に小型カメラを設けて碓氷峠疑似体験みたいなことできませんか? ・・・と書いたのは私です。


 検修庫内も開放されており、ジャッキアップされたEF63(23号機)が展示されていた。あとで知った話だが、この23号機はこのまま廃車となるらしい。中では整備士さんが延々と訪れる鉄道ファンの質問に答えていた。廃止まで2週間にして、もう二度と走ることのないEF63を前にこの整備士さんはどういう心境で説明していたのだろうか・・・?

 イベント会場に入場して以来、ずっと気になっていた黄色い展望用クレーン車の抽選にも(2回挑戦した結果)当たり、わずか2分程度だったが高さ25メートルからの横川駅や運転区を堪能することもできた。

 イベントのエンターテイナー(?)でもある「鉄道お宝オークション」では、これを目当てに来た人も多く、EF63の部品を中心に最高4万5千円で落札された品物(横川運転区の区名札)も出たという。手持ちが無かった私にとっては、蛇の生殺し状態だったことは言うまでもない・・・(涙)。

 オークションの歓声を後に、横川駅に向かった。1453発の359Mに乗車するためである。


なんと日曜日のしかもイベントのある日にもかかわらず、列車は3両編成。御堂筋線(東京で言えば山手線レベル)の朝ラッシュ並の人々々々で、積み残しもでたようだ。それでもなんとか景色を楽しみつつ、耐える18分間。軽井沢に到着するや否や私を含め乗客は破裂するかのようにホームへ流れ出た。暑くて狭かったという理由の他に、向かいの2番線に「さよなら碓氷峠号」の編成がEF62を先頭に留置されていたからだ。

 軽井沢で1602発の「さよなら碓氷峠号」を見送ったのち、私はもう峠を1往復乗った。

 次回の碓氷峠は9月30日。

 早くEF63に会いに行きたいものの、次に会う日は引退の日・・・。

 日に日にこの葛藤(?)で寂しくなる今日このごろです。







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