碓氷峠取材旅行

(1997年5月4日)



碓氷峠取材旅行
(1997年5月4日)

横川駅イベント報告
(1997年9月14日)

碓氷峠最終日
(1997年9月30日)

EF63運転体験記
(2000年7月8日)

写真館「邂逅 横軽」

EF63 Sound File



 出発前日(5月3日)は栃木県宇都宮の祖母の家にて父と一泊、翌朝の新幹線「MAXあおば」で上野へ出た。ルート的には宇都宮から信越方面に向かうには小山から両毛線経由または大宮での乗り換えで済むけれど、そこはそれ、信越本線特別急行列車「あさま」号に乗車するためにわざわざ上野まで戻ったというわけである。
 上野0900発妙高高原行き「あさま5号」は189系アコモ改造車、通称「デラックス車両」で高崎線を快走した。流れる風景を堪能しつつ、上野で買った幕の内弁当をほおばりながら、久々の在来線特急の快適な乗り心地に酔いしれていた。私の席は進行方向右側の窓際禁煙席である。となりには向こう二人と同一行動を取っているように思われるおばちゃん団体が、グレムリンのようにわやわやと会話していた。おばちゃん、も少し静かに話そうね。
 碓氷峠を通過する列車のダイやをチェックしているうちに高崎へ。高崎の運転所では廃車となったEF63の14号機が雨ざらしにされていた。(あ〜、あれでいいから欲しい・・・<<心の叫び)10時31分横川駅到着。指定席客で満席だった車内は釜飯を買いにゆく客の分だけ、どおっと減りった。もちろん私も外にでた。EF63のブロアー音に魅かれて・・・。
上野駅16番線

 この日、あさま5号の補機は6号機(青色)と24号機(茶色)の組み合わせ。初めて茶色に塗られたEF63の実物をみて、不思議な感覚にとらわれた。発車するとすぐに碓氷峠の紹介アナウンスが流れ、車掌が「少々乗り心地が悪いのは、車両の台車に備えてあります衝撃を吸収するためのエアーを抜いているためであり・・・」などと言っていた。たしかに空気バネがあるとないとでは全然違う。この感触は普通列車では味わえないものです。体にズシズシと来てます。てっちゃんだらけではあるが廃墟もまた美しい丸山変電所跡を過ぎ、カメラマンだらけではあるが新緑の碓氷橋を通り、出口付近に撮影隊のはびこってはいるがラストスパートとなる碓氷トンネルを抜けて軽井沢に到着。朝怪しかった空模様が嘘のように晴れていた。10時52分軽井沢着。EF63の切り放されるのを見守ってから今日予定している最初の撮影ポイントへ向かった。

碓氷峠に挑む  軽井沢の駅前はすっかり新幹線新幹線していて、在来線用の駅舎もプレハブになってしまっており、無惨なものである。線路づたいにまっすぐ東へ(碓氷峠方面)に歩くこと15分、碓氷トンネルの出口にやってまいりました。ここでは66.7パーミルのくだり勾配に挑戦する上り列車と、登り勾配をはいあがってきた下り列車をねらうことができる。勾配標識がポイントです。ここでこれから下り勾配に挑む「EF63+あさま」のゆっくりとした通過音と有名なポイントであるトンネル上部からの撮影を行った。うっ、美しい・・・!
 さらに峠を登っていくと、町営の林道があり、その登り坂の途中にも新幹線と在来線を包括的に俯瞰できるポイントを発見! 樹木が生い茂っており見通しが悪いので、ガードレールのポールの上に立ってのアブナイ撮影を敢行。よいこは真似をしてはいけません。

 碓氷トンネル出口でたっぷり3時間ほど待ち伏せして記録しまっくたのち、駅に近い待機側線の横で屋根から台車までぴかぴかのEF63を見ることができた。低いブロア音が鳴り響き、次の仕業を待っているEF63の姿がまさに峠の守り神そのものに思えた。おお、ロクサンよ、おまえはどうしてロクサンなのだ。そんなに美しい姿を私の前に見せつけて、私をどうするつもりなのだ! その音を撮ってしまうぞ。その姿をさいばあショットでおさめてしまうぞ。(だんだん壊れてゆく飯嶋。)
 そして駅前の油臭いカツ丼をかきこんで軽井沢駅へ。釜飯をと思ったが、やはり横川駅で購入するのが礼儀であろう。だが横川に到着してから昼食をとっていたのではとうてい午後の予定が間に合わない。山岳地帯の落日は早いのだ。というわけで夕食のお楽しみとなった。軽井沢14時23分発の340M普通列車で横川へ。連休の中日で昼下がりの一本であるだけに、叫びなるくらい凄い客の量である。
軽井沢で待機中のEF63

 横川14時50分着。すでに15時20分発となる全席指定臨時旧型(一部12系)客車列車「レトロトレイン碓氷峠号」がEF62を先頭に発車を待っており、私はその向かい側のホームでEF62をねらっていた。と、発車する直前になって後方が騒がしい。みると、撮影ポイントをめぐってのカメラまん同士の醜い争いであった。どうやらホームから線路にはみ出して撮影しようとしていたカメラ小僧を注意した高校生位のおなじくカメラ小僧が、彼の三脚を蹴ってその結果カメラが線路に落ちてしまったこと(レンズが破損した模様)に対するはみ出し小僧の賠償請求によるところであるものと思われた。彼は壊れたレンズを指さしながら、つよく怒っていたが、どう見てもあほらしい争いだった。
 発車したEF62を収めたあと、横川駅の改札をでた。ぶらりと狭い駅前を歩き、そのまま運転区の見える構内踏切の前まで来た。
右を見ると峠を下ってきたEF63が近づいてきた。おや、こんな時間に通過する列車が・・? 次の列車まであと20分位あるから運転区までゆっくりと歩いて行こうと思ったのだが・・・、まさか! 団臨(団体臨時列車)か!! 予想は的中した。EF63+EF62の3重連であった。さらにそれに続く客車は12系改造車「やすらぎ」だった。録音する間もなく、「やすらぎ」は横川駅に滑り込んでいった。写真だけは反射的に撮っていたことは、幸いといったところか。ダイヤ情報を見ておくべきだった。
 構内踏切の反対側に行くと横川運転区の目の前だった。独特の甲高い汽笛を鳴らし、自分の1m前をEF63が低速走行していった。自分の視界に収まらないほどにEF63を間近出来て感無量であった。

安中保線区からのメッセージ  国道18号線沿いに歩いてしばらくいくと「理容イワサキ」という床屋があり、その裏の路地を入っていくと有名な丸山変電所跡の撮影ポイントである。横川駅から徒歩で約20分。線路伝いに車1台がやっと通れそうな小道があり、「危険ですので線路に近づかないで下さい PTA」という立て札が設けられている。もう少し行くと車数台が止めることができそうなスペースがあり、「この先業務に関係のない車両の通行はできません。安中保線区」とある。もっといくとご丁寧に「鉄道写真愛好家の方へ」という注意書きが立っている。決して「立入禁止」としていないところがJRの暗黙の親切といったところだろうか。だが、周辺にはいくつかのゴミも落ちており、「ゴミを捨てないでください 安中保線区」という立て札が立っていることには愕然とさせられた。丸山変電所跡にも列車を撮影するための「お立ち台」があるが、ここにもゴミが捨てられていた。先程の醜い喧嘩にしてもそうだが、だから「鉄道マニア」は社会的地位を確立していないのだと思った。

 この撮影ポイントで日没を迎え、横川駅で夜景の撮影に入ったのだが、6本持ってきたはずのフィルムがもう尽きている。いつのまにか撮り尽くしてしまっていたようである。あとはさいばーショットと夜間録音に頼るのみ!
 フィルムを使い果たしたところで、いよいよ釜飯である。「峠の釜飯」は横川駅を本拠地とする「おぎのや」の碓氷線開業以来の名物弁当だ。買ったときも温かいというこの釜飯は一日の疲れを癒すのと夜の寒さを凌ぐのに申し分なかった。とにかく、フタを開けると具が「びっしり」なのである。ホームのベンチに座って釜飯の香りを堪能しながらEF63の仕業を眺めるというとても贅沢なひとときであった。
あさま26号

夜の横川駅  19時を過ぎると途端に駅は閑散となり、釜飯売りのおじさん・おばさんたちが30分に一度やってくる「あさま」と格闘する程度の静けさになった。てっちゃんの数も激減し、私のほかは横川駅で野宿する強者(横浜からやってきたとのこと)と、最終列車を待つ埼玉県のおっちゃん、それから黙々とMDに音を撮り続けていた初老の紳士だけになっていた。
 帰りの「ちくま」では自由席の直角椅子に座りながらも私は熟睡していた。どれくらい寝たかというと、篠ノ井を発車した時の記憶を最後に、目が覚めたら大津なのである。これは記録的である。私が寝ている間に「ちくま」は木曽福島で長野行き「ちくま」と交換し、名古屋でEF64からEF65にせっせと機関車を付け替えていたのである。ありがとう、ちくま。

 私が碓氷峠でEF63の雄姿を見ることのできる機会も、あとは夏だけとなってしまった。1997年9月30日、信越本線の横川-軽井沢間は103年の歴史に幕を閉じます。徹底的に専用機化されたEF63がどうなるか、私は知らない。ウエイトや不必要なブレーキ装置、巨大なバッテリーはおそらく取り除かれるだろう。重量108トンの機関車はいったいどういう改造がなされるのだろうか? 横川で「釜飯を買わせる為に停車してるんとちがうん?」という人もいなくなってしまうのだ。 新幹線の開通によって、首都圏から信州への観光客の流入はますます激しくなるだろう。速達性を重視している新幹線は軽井沢で釜飯を買う時間など与えてくれず、車内販売が中心となるだろう。そして客が浅間山をみながら食べることのできる時間までも大幅に短縮することだろう。

 カウントダウンは始まっている・・・



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