2000年7月8日(土)〜9日(日)

碓氷峠鉄道文化村 EF63形電気機関車 運転体験記



7月7日(木)

頃、碓氷峠鉄道文化村から携帯に連絡が入る。
「明日、台風が来ますけど、どうされますか? 別の日程に変更されても・・・」
「いえ、行きます。よろしくお願いします」
というわけで、台風3号が猛威を振るっている中で、明日の朝は関東地方に上陸の可能性もあるというにもかかわらず、
さらにJR三ノ宮駅の改札口で「台風接近の為、関東方面へのご旅行は控えて下さいますよう・・・」という張り紙が
あるにもかかわらず、三ノ宮20:10発新快速米原行に乗車。飯嶋の「EF63型電気機関車運転講習」への旅は始まった。
大垣で「ムーンライトながら」に乗り換え、一路嵐へ向かって・・・。



7月8日(金)

前04:00、強烈な風雨が窓にあたっていることに気づき、目が覚める。
通過していく駅と時刻表を照らし合わせる。なんとか定刻で運転しているようである。
眠気が抜けないまま、東京、上野と乗り継ぎ、高崎線の始発列車に乗り込む。
結構風がきつい。停まるたびに車内にまで雨が入ってくる。うつらうつらとなる。
次に気がつくと高崎についていた。2時間爆睡したらしい。高崎行きでなかったらと思うと、怖い。
高崎で軽く朝食。さすがにこれから信越本線だけあって、目が輝く(多分周りからはそう見えているのだと思う)。
横川07:54着。集合時間は09:40なので、8時半頃まで横川駅前や旧線の踏切をうろつく。
雨はそれほど降っていなかったが、風が強く、傘をさして歩いていると反対側に折れそうになる。よくニュースでサラシモノに
なっている、あれである。おとなしく駅の待合室で待っていればよいものを、歩きながら「何やってんだろう」と思う。
碓氷峠鉄道文化村の入口では、保存運転線のEF63 24号機と25号機が迎えてくれる。
今日、この機関車の講習を受けて、運転できるようになると思うと、台風の風などどこへやら・・・。


集合1時間前に、指定されている旧横川運転区の官舎へ。事務室で挨拶してから、指定された「3階会議室」に入る。
誰もおらず、机の上には講習用テキストと今日の受講者のリストが置いてある。2セット。
そう、15名いた受講者は、台風でみんなキャンセルしてしまい、残る2名は兵庫県から来た機関車バカと、柳澤氏という
東京から来た「JR鉄道情報システム」の取材カメラマンだけだったのである。

さて、先生一人に生徒二人という、碓氷峠鉄道文化村史上初めて(講師談)の「少人数制授業」が始まった。
碓氷峠の歴史から始まり、電気機関車の構造、電気回路、ブレーキ圧、点検手順、起動準備、動作確認など、
通常の機関士が2年かけて覚えることを2時間に凝縮しているという。ほんとに「さわり」である。
機関車に乗って、走って、停まって、戻ってきて、降りて、という流れの中で、体験運転生は80項目(もっとあると思う)くらいの
確認・動作が必要となる。これを覚えて、なおかつ運転するわけだから、手応えは十分である。

食。釜飯をと思いきや「峠の機関車」という新弁当が登場していたので、思わず購入。
中身は釜飯を平たい弁当箱に伸ばして白身フライを加えたような感じのものだったが、味の方は結構いける。(一応ほめている)
EF63を見ながら食べようと、官舎の外で食べる。強風。屋根の下に陣取ったとはいえ、
吹っ飛ばされないように「こらえながら」食べるさまはさぞ間抜けだったに違いない。


午後はいよいよ、実車に乗車しての講習である。
「JR鉄道情報システム」の取材カメラマン柳澤氏と共に、集合時間である13:00に、文化村から進呈された
機関士帽(JRでも使用されている本物)をかぶって、留置してあるEF63の前に向かう。
この機関士帽をかぶらない者は保存運転線への立ち入りが禁じられている。
EF63の運転台を使っての「実車講習」は所要1時間。運転台内は非常に狭いため、定員いっぱいの15人が参加する場合、
3回に分けて5人1組での講習となり、1組20分となる。1人当たりにすると4分程度の持ち時間で、残る2組は詰所で
待機という形をとっているそうだが、今回は2人ということで、ほとんどマンツーマン状態で60分まるごと
運転台、機械室、足回り等の説明を受けることができた。


そして最後に「修了試験」が待っている。2人での受験。設問数はそれほど多く
ないものの、しっかり講習で覚えたことを理解していなければ解けない問題である。
そして合格発表。自分の名前が呼ばれた時は安堵と喜びの気持ちで満たされた。
ひゃっほぉ〜!である。無事「運転資格」を取得することができ、受け取った
「EF63形電気機関車運転体験証明書」をじっくりと見つめる。クリアケースに
入ったA5サイズの簡単な作りだが、その重さたるや他と比較しようのないもの
を感じた。

いよいよ「運転予約」を入れることができる。
鉄道文化村の公式ホームページにはEF63の運転体験の予約状況がいつでも閲覧できるようになっているが、出発前の時点で
こちらの都合のつきそうな日は冬頃となっていた。仕事の都合でどうしても連休や学校の休み期間やなどになっているためである。

しかし、情勢は変わっていた。7月12日から、1日あたりの体験運転の実施回数を現状の7回から10回に増やすというのだ。
発表は今日とのこと。一気に9月〜10月の予定がたち、早速9月16日(土)と10月8日(日)の2回、予約を入れる。

さらに明日9日の日曜日もどうかという話になった。台風でキャンセルになった勢いがあるらしく、横川駅前の旅館もキャンセルが
続出で空きがあるという。願ってもないチャンスである。自分の意思より早く、反射神経で予約を入れたような気がするが、これで
明日、いきなりEF63を運転できることになったのである。
最後に文化村事務所で機関士用の制服(ナッパ服)を購入。
これで上から下まで「機関士」のいでたちになった。
柳澤氏が一言「ぜひ撮らせて!」

実は柳澤氏はJRの「CYBER STATION」でフォト・エッセイのページを担当して
おり、8月中旬に期間限定特集として、この碓氷峠鉄道文化村での機関車の体験
運転を取材しているのだ。
これはつまり「飯嶋の機関士姿がWEBで全世界へ発信される」ことを意味する。
二つ返事で快諾(笑)。

柳澤氏は、EF63の前でいろんなポーズをとる飯嶋(こういうことは嫌いでは
ない)をフィルム丸ごと1本分撮影していた。
こちらも手持ちのカメラで撮影していただく。
プロのカメラマンに「写るんです」は失礼・・・だったかな?

横川駅前=碓氷峠鉄道文化村の目の前という絶好のロケーションにある宿、
「東京屋旅館」は県道の整備により新築し、非常にきれいな旅館だった。
妙義山系の切り立った山々とEF63の見える展望風呂は一日の疲れを完全に癒し、
館内の小さな食堂「ろくさん」で夕食を食べる。これが美味い!
オーナーがレストランも経営していることもあり、普通の旅館の定食的夕食
ではなく、洋風の要素も取り入れたユニークな料理だった。料理目当ての
リピーターも少なくないという。おかげで生ビールを2杯も飲んでしまった。

明日はいよいよEF63を運転できる日・・・ふふふふ。笑みが止まらない。

 体験運転の様子(柳澤俊次氏編)
 http://www.cyberstation.ne.jp/zipangu/ef63/main/pt02pg01.htm




7月9日(日)

前07:30に目が覚める。
今日は台風一過とあって、抜けるような青空である。
旅館は正面ゲートの目の前にあるため、「ろくさん」でゆっくりと朝食(これまた美味)をとった後、チェックアウトを済ませ、
集合時間10分前の09:00に事務局のある「官舎」に入る。
どうも入口に「横川運転区」と書いてあるような気がしてならない。
運転料金の5,000円を事務局で支払う。
この料金設定はEF63を保存運転するにあたって機関車の整備費、動力となる電気代、人件費等、ほぼ「実費」となっているらしい。
1日10回程度の運転で本当に元がとれているのかと思う。
なお、回を重ねることでこの運転料金は割安になっていくシステムになっている。体験運転を開始してから1年半が経とうとして
いるが、最高60回くらい運転された方がいるとか。


指導機関士の方(名前を覚える心の余裕がなかった。すみません)が先に保存運転線で機関車のウオーミングアップをしていた。
営業線であれば「出区点検」にあたる作業だろうか。一旦パンタグラフが降りて電源が落とされる。
こうして体験運転生一人ひとりのためにEF63は電源のON,OFFが繰り返されているわけで、けっこう大変である。
「えー、飯嶋さんね! 初めてですね。じゃあまずは運転台へ上がって下さい」
ノリは自動車教習所である。
挨拶(敬礼つき)をしていよいよEF63に乗り込む。


運転の手順は、まずパンタグラフを上げることから。運転台から身を乗り出し、架線に上がることを確認する。
ゆっくりとアームが上昇し、カシャッと音を立てて架線に接触する。
その瞬間、EF63が目を覚まし、低い唸り声を上げ始める。もう頭は真っ白である。
第1エンド(高崎方)側で空ノッチ試験と通電試験。機械室で抵抗器のタップが小気味よくも太い音を刻む。
ブレーキ試験。空気溜めから空気を送る音、抜く音が自分の操作によって発せられている!
今まで映像の世界だった「運転士」の挙動をまさに自分が行っているわけである。
全ての確認を済ませた後、構造のつながっている第2エンドに移動する。
ブレーキ圧を確認し、いよいよ発車となる。
ホイッスル一発。甲高い声が妙義の山にこだまする。
胸が高鳴る、と書くとかっこよいが、もう頭の中では「おおはしゃぎ」である。



ノッチを引き、ブレーキを緩める。
衝撃などまったくなく、静かに、厳かに(少なくとも私にはそう見えた)EF63が動き出す。
750V仕様に改造されているため、ブロア音こそ小さいが、徐々にノッチアップするにつれて背中にかかる加速Gが力強く、
何より自分がハンドルを握るということで満足感は最高潮である。

6ノッチまで投入。この後S(直列)、SP(直並列)、P(並列)と自動進段(バーニア制御)できるのだが、力が強すぎるため、
保存運転線内では6ノッチが限界らしい。
速度が一定になる。時速8km。
初めての運転のせいかもしれないが、自動車教習所内で初めて30km/h出した時のようなスピード感を覚える。
左側には機関庫や保存車両など、文化村の施設が広がる。多くの人が立ち止まって、通過しようとするEF63を見ている。


やがて停止標識。ノッチを徐々に戻し、速度が落ちてきたところでブレーキ操作。
ほぼ標識の位置で停車する。停めるだけでも感動。
保存運転が始まったころ、重連がいいとか、もっと速度を上げてもいいのではと思っていたが、
実際に運転してみると、もういっぱいいっぱいである。
運転距離はもう少し長くても良いような気がするが、これより先は踏切を設けなければならず、
そうなると運輸省への「鉄道」としての申請が必要となり、コストもかかるらしく、現状では
「遊具(贅沢な遊具ですな)」としての位置づけにとどまっているという。


すぐに折り返しの動作に入る。標識灯等のスイッチ操作、リセットの手順をふんだ後、
ブレーキハンドルを抜き、反対側の第1エンドに移動する。今度は25パーミルの下り坂である。
発電ブレーキをかけながら降りていくことになる。
ホイッスル。ブレーキを緩めると徐々に108トンの巨体が転がり始め、時速10km近くでググッと発電ブレーキがかかる。
前のめりになる感覚と電流計の針が上がるタイミングがほぼ一致する。非常に安心感のあるブレーキである。
下り坂でのブレーキ操作は難しいため、途中で停止の練習をする。ブレーキ操作は電車のように「ひねればかかる」という
単純なものではなく、けっこうコツが必要である。


碓氷峠の営業運転の時は「頂上」の矢ケ崎から降りる際、ブレーキをかけても列車の重みで空走距離が伸び、
さらにブレーキが効き始めてもしばらく速度は一定のまま続き、編成全体が一つ目のトンネルを抜けたあたりでようやく
減速が始まるという。
さらに急勾配のため、運輸省の指定する「急制動で600m以内に停止」という基準を満たすためには、
時速38kmが制限速度となるという。いかに厳しい環境なのかが窺える。
始めのトンネル(第11トンネル)にさしかかる時は、緩和勾配によってトンネルポータルの上部しか見ることができないため、
運転士は発電ブレーキがかかるまでは誰もが緊張するという。


いよいよ停止標識が近づく。
乗降場では次の体験生が直立不動で待っているのが見える。
指導機関士氏の指示で「単独ブレーキ弁」を使って慎重に速度を落とす。
乗降場にはステップが設けてあり、出入りできる幅はEF63のドア3枚分程度。
初めての人は大抵失敗すると聞いていたのだが、機関士氏の的確なアドバイスもあって、停止位置でぴたり!
「おー、見てごらん」と呼ばれ、ドアの方に近寄ると、なんと始めに停車していた場所と寸分たがわぬ場所に停まっていたのである。
各種降車点検を終えた後、EF63の前で「今日の出来栄え」のアドバイスを受ける。
ブレーキ扱いが非常に良かったとのこと。お礼言って、敬礼。

気分は上々。意気揚々。飯嶋さん御満悦。で、保存運転線を後にしたのである。
次回の運転予約は9月16日(土)・・・待ちきれません。




碓氷峠取材旅行
(1997年5月4日)

横川駅イベント報告
(1997年9月14日)

碓氷峠最終日
(1997年9月30日)

EF63運転体験記
(2000年7月8日)

写真館「邂逅 横軽」

EF63 Sound File


SHERPA